ではここで。
いつものこの時間なら料理をしているはずだが、台所にも姿は見えない。
ふとソファへと視線を移すと、昼寝用のタオルケットが人の形に膨らんでいる。
顔までタオルケットをしっかり被っているらしい。
冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐ。「起きろー、飯食べに行くぞー」反応はない。
お茶を一口飲む。「おーい、もう6時半だぞー」やはり起きない。
タオルケットは緩やかに上下している。やはり寝ているようだ。
よく聞くと寝息も聞こえる。お茶を飲み干しソファに近づくと、おもちゃと携帯が転がっていた。
携帯はやはり充電が切れていて、ディスプレイは真っ黒のままだった。
おもちゃは一度使った事があるが、彼女には痛いらしく、
以来使用禁止のままクローゼットにしまってあったものだった。
一人ででもしていて、疲れて寝てるんだろうと直感した。
彼女の思わぬ痴態を目の前に、若干だがブツに血液が集まり出した。
タオルケットを一気に剥ぎ取る。彼女がゆっくりと目を覚ます。
一糸まとわぬ姿の彼女に、窓から入る夕日の赤が馴染んでいく。
「ただいま」夕日を背にしたまま、彼女に告げる。
「あっ…あっ…あっ……何で?何で?」動揺する彼女。辺りを見回している。
「ただいま」もう一度、興奮を悟られないように、できるだけ抑揚を付けずに言う。
しばらくして自分がまっぱだと気付いた彼女が、タオルケットを奪い取り体を隠す。
途端に溢れ出す涙。「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
消え入りそうな声で繰り返す謝罪に、虚を突かれてしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」なおも繰り返される謝罪。
夕飯が出来ていないことを謝っているのか?それともおもちゃでしていたこと?
逡巡に果てに一言。「何が?」突き放したようなトーンの声に自分でも驚いた。
彼女はハッと顔を上げる。双眸からはなおも涙がこぼれ続けている。
手で涙を拭おうと近づくと、瞬間、彼女は身を強張らせた。想定外の拒絶に戸惑う。
「何で?」拒絶されたショックに、この三文字を発するだけでいっぱいだった。
「だって……いつも残業で……二人で出掛ける事も減ったし……
私といるより仕事してた方が楽しそうだし……ホントに結婚してやっていけるのかなって……」
嗚咽まじりに続ける彼女を、成す術もなく、ただ見つめていた。
「夜もしてくれなくなったし……毎日遅いし……
きっと◯◯も……浮気してるんじゃないかって……」
きっと俺も浮気してる?……俺も?なんで『も』なんだ?
「あの……俺、浮気してないけど?」意図せず口から出た言葉で、ようやく『も』の意味が分かった。
浮気されたんだ。仕事頑張ってる最中に、もう少しで結婚だっていうのに。
反応していたはずにアレはいつの間にか萎んでいて、代わりに頭に血が昇り始めた。
ひとつ深呼吸。さて、どうしようか、と考えを巡らす。携帯だ。携帯を見よう。
電源が切れたまま放置されていた携帯を手に取る。電源を入れてみるが、入らない。
アダプタに繋げて電源を入れる。不在着信20件、受信メール5件。相手は全て同じ女性名。
最新のメールを勝手に見る。
[頼むから電話に出て。お願いします。]
振り返り彼女を見る。先ほど感じた艶かしさはどこかに消え、蒼白の顔が気持ち悪い。