「味噌汁」「ごはん」「目玉焼き」「厚焼き玉子」「焼き魚」「野菜炒め」「鶏のてりやき」「カレー」を教えるために、Aと奥さんが朝から来てくれた。
一日中朝昼晩と一緒に作って、それなりに楽しく過ごす予定だった。
……が、嫁が朝からいない。
何か食材に買い足しだろうか、それともDVDでも借りに行ってるんだろうかと(そういう遊びの部分もあるつもりだった)軽く構えていた。
奥さんは
「私勝手に台所はいらないほうがいいですよね?」と言うんで、
「あ、じゃあちょっと茶でも」
「じゃあ私お手伝いします」とものすごく久しぶりに台所に入ったら
「あああああああああああああああ!!」
奥さんが俺の後ろで悲鳴を上げた。
アヒャアアア!!ヒャ、ヒャアア!うわあああ!!みたいな感じで。
仕事柄もあって肝の据わった彼女がそんな悲鳴を上げるなんてありえないと思っていたんだが、俺も遅れて絶叫。
壁にびっしり張り付いた蛆、大量に飛び交う小バエ。
流しにはゲル状の腐りきったものが入ったままの鍋やフライパンが山積み。
そこにも蛆がうじゃうじゃいた。
ふたりで叫びまくって、Aもやってきて三人で絶叫。驚きが終わると、
「もしかして俺はここで作った飯を食ってた?」
と気付いてその場で吐いた。
吐いて吐いて吐きまくった。
胃液しか出なくなっても吐いた。泣いた。
Aも奥さんも涙目だったけど、うずくまって胃液まみれで俺が泣きじゃくってたら奥さんが「掃除します!!」と立ち上がって出かけていった。
俺はAに連れられて風呂場に行って、シャワーを浴びてリビングで泣いていた。時々吐いた。
奥さんはまずバルサンをたきまくって小バエをコロし、壁からも天井からも落ちてくるうじ(バルサンでタヒなないらしい)をほうきと雑巾で叩き落し掃き集め、腐りきった料理の残骸を捨て、台所中にはえとり紙を吊るしてくれた。
嫁が置きまくったと思われる脱臭剤にもうじが湧いていたそうだ。
嫁は帰ってこなかった。
逃げたんだなと気付いたのは、うじまみれになった奥さんがシャワーを浴びてからのことだった。
その日はAの家に泊めてもらって、次の日に病院に行った。
嫁はその頃友人の家を転々としていたそうだ。
捕まらないので、先に嫁実家に連絡した。
義父母は「やっぱりちゃんと料理してるなんて嘘だったんだ…」と半泣きだったが、台所をうじ塗れにしたのはなかなか信じてくれなかった。
Aが俺が「もう嫌だ」「別れたい」と泣きながら繰り返すのを聞いて、もしかしてと掃除の途中で撮っておいてくれた写真でようやく納得してくれた。
泣きながら謝られた。
一刻も早く別れたくて、義父母に連絡した日のうちに弁護士事務所へ行った。