「○○ですよね!わかってますよ!Tさん!」
Tさんと聞いて、俺は少し慌てた。
別部署にT主任という社員が確かに居たからだ。
ただ、当然もう帰っている。
「すみません、私はMと申します。Tは本日既に退社しておりますが」
こんな夜中に居るわけないだろ、と思いながらも丁寧に答えた。
「いや、Tさんですよね!Tさん!お会いしたいんですよ!」
口調は相変わらず明るいが、相手は俺がT主任だと思い込んでいた。
更に、こんな時間に会いたいと言ってくるのもあり得ない。
気味が悪くなった俺は、話を切り上げて電話を切ろうとした。
Tはもう退社してます、人違いですと繰り返した。
それでも相手は構わず話し続ける。明るく快活な口調で。
「Tさん!Tさん!会いたいです!今から行きます!行きます!」
Tさん、という声と行きます、という声がどんどん連呼される。
俺は恐ろしくなって、何も返事できずただ聞くしかなかった。
やがてテープの早回しのように声が甲高くなり、キリキリと不気味な
「音」にしか聞こえなくなった。
キリキリという音が止んだ瞬間、これまでと一変した野太い声で
「まってろ」
という声が聞こえた。
その瞬間、俺は恐怖に耐えられず電話を切った。
そして一刻も早く、会社から出ようと思った。カバンを持って玄関へ
向かおうとしたその時、インターホンが鳴った。
とても出られる心境ではなく、息を殺してドアモニターを見た。
細く背の高い男が、玄関の前に立っていた。背が高すぎて、顔は
カメラに映らず首までしか見えなかった。手には何かを持っている。
二度、三度とインターホンが鳴らされた。出られるわけがない。
俺はただただ震えながら立っていた。早くいなくなってくれと思いながら。
男がひょい、と頭を下げ、ドアモニターのカメラを覗き込んできた。
男は満面の笑みを浮かべていた。歯を剥き出しにして笑っていた。
目は白目が無く、真っ黒で空洞のようだった。
「Tさん!Tさん!いませんかー!会いに来ましたよー!」
電話と同じく明るい男の声がインターホンを通して、静かな社内に響き渡る。
俺はモニターから目をそらせない。
男はカメラに更に近づく。空洞の目がモニターいっぱいに広がる。
男はなおも明るく呼び掛けてくる。
「Tさん!いないですかー!?Tさん!ちょっとー!」
男の顔が前後に揺れている。
「Tさアーーーンんーーー」
男の声が、先程の電話と同じように、野太く変わった。
そして、男の姿がフッとモニターから消えた。